2021年7月、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が、世界自然遺産に登録されました。登録の決め手は、独自に進化した希少な動植物が多く生息・生育する「生物多様性」。奄美大島と徳之島に生息する両生類の約9割、陸生哺乳類と爬虫類の約6割は、ここでしか見られない固有種です。亜熱帯動植物の森「金作原」や住用のマングローブには、生きた化石と言われる巨大なヒカゲヘゴなどの亜熱帯植物が茂り、天然記念物のルリカケスやアマミノクロウサギなどの稀少生物が生息しています。
世界遺産とは人類共有の財産として未来へ伝えていくべく保護・保全が定められた文化財や自然などのことです。ユネスコにより、世界遺産条約に基づいて登録されます。世界遺産には「文化遺産」、「自然遺産」、「複合遺産」の3つの種類があり、「自然遺産」は、顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、絶滅のおそれのある動植物の生息・生育地などとなっています。
昔から独自の自然と伝統を受け継いできた奄美大島。そこには、ありのままを受け入れながら暮らす人々の姿がありました。
これから未来に向けて何を残していきたいか、「自然」と「伝統」を受け継ぐ地元出身のお二人にお話をお伺いしました。
奄美大島の豊かな自然は、ある一つの文化を今に伝えています。それが、1300年以上前からこの地で受け継がれている「泥染め」です。今でこそ大島紬という誰もが憧れる着物として有名ですが、「昔は奄美の気候に合う芭蕉布などが織られており、その後、薩摩藩の統治下で今のような洗練された絹織物になりました」と話すのは、昔ながらの製法をかたくなに守り続ける金井工芸2代目の金井志人さんです。
その製法は、まずシャリンバイ(地元ではテーチ木と呼ばれる)を煮出すところから始まります。実はこのシャリンバイ、都市部でも街路樹などで見かけることがありますが、泥染めで使うシャリンバイは、奄美の山に自生しているもののみ。街路樹などのシャリンバイは排気ガスを吸っているため色が出ず、しかも20~30年ものでないと色素がそこまで出ないそうです。
自然の山から切り出した600kgのシャリンバイを2日間かけて煮出し、その煮汁を3日から5日寝かして、やっと泥染めの染料として使うことができます。そしてシャリンバイから煮出した染料に20回染めて、ようやくここで天然の泥田の登場。「泥染め」と言いながら、泥に染めるまでの長いこと。しかも70?80回ほど行うというから驚きです。
泥染めは、シャリンバイに含まれるタンニンと泥に含まれる鉄分が化学反応を起こし、独特の深い黒に変化していくそうですが、「今だから『泥には鉄分が多い』と分かりますけど、すべては先人の知恵のおかげですよね。そして何より島の自然のおかげ。私たちは自然の力を借りて染めさせてもらっているんです」と金井さん。自然の強さと素晴らしさを知っているからこそ、この伝統についても独自の考えがあるといいます。
昭和40年代後半にピークを迎えた大島紬。その後は産業規模としては縮小傾向にあるものの、現在は有名アパレルメーカーやブランドからオファーを受け、新しいカタチでの泥染めも広げています。これからどんどん世界に発信していくのだろうと思いきや、目標はそこではないそうです。
「自然の中でやっているものだから、自分たち人間の力でコントロールできるものではないんです。だから広げたいという気持ちより、『どこまで素の状態で残せるのか』を大切にしていきたい」。
実際に大島紬のピーク時には、シャリンバイを伐採しすぎて人工的に植林しないといけないところまできていたそうです。それでなくても奄美は自然が豊かなゆえに災害が多い土地柄。台風も水害も人の力ではどうにもできませんが、雨が降るから川があり、水があるから染屋が集まり、文化が生まれる。人々の暮らしはそうした自然の循環の中で成り立ち、産業というのは後からできているといいます。
「奄美の自然にゆだねて、すべてを受け入れ、割り切る。コントロールしづらい自然との関係性が絶妙に島らしいし、モノを残すよりも人間の試行錯誤や姿勢を残していくことが大切だと思っています」。
1300年以上前からの伝統を受け継ぐことは、それ以前の太古から続く圧倒的な奄美の自然と生きていくこと。そんな覚悟や美しさが、泥染めの深い色に溶け込んでいくようです。
事前に予約をすれば貴重な泥染め体験ができます。染めたい私物を持ち込んでもOK。
古くから主力作物だったサトウキビの搾り汁を煮詰めて作る黒糖。ミネラルやビタミンが豊富で、奄美群島のみで製造を許されている黒糖焼酎をはじめ、さまざまな製品に使用されています。
奄美三線を弾きながら裏声を使って歌う島唄。集落で歌い継がれてきた島唄は今でも日常的に歌われ、島人にとってなくてはならない存在です。
世界三大織物にも数えられる、奄美大島が誇る日本を代表する絹織物。しなやかな肌触りと軽やかな着心地が魅力です。
糸芭蕉の繊維を織り、草木染めの糸で綾なす「芭蕉布」。高温多湿の地域では、涼しくてさらりとした手触りで夏の衣服として重宝されていました。